東京高等裁判所 平成4年(行ケ)168号 判決 1993年12月14日
アメリカ合衆国オハイオ州、シンシナチ、イースト シックスス ストリート 301
原告
ザ、プロクター、エンド、ギャンブル カンパニー
同代表者
ジェイコブズ シー ラッサー
同訴訟代理人弁護士
吉武賢次
同
神谷巖
同訴訟代理人弁理士
佐藤一雄
同
小野寺捷洋
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
同指定代理人
今井勲
同
磯部公一
同
田中靖紘
同
長澤正夫
東京都中央区日本橋茅場町1丁目14番10号
被告補助参加人
花王株式会社
同代表者代表取締役
常盤文克
同訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同訴訟代理人弁理士
有賀三幸
東京都墨田区本所1丁目3番7
被告補助参加人
ライオン株式会社
同代表者代表取締役
小林敦
同訴訟代理人弁護士
田倉整
同訴訟代理人弁理士
石田敬
同
岩出昌利
ドイツ連邦共和国4000 デュッセルドルフーホルトハウゼン、
ヘンケルシュトラアセ 67番
被告補助参加人
ヘンケル・コマンディットゲゼルシャフト・アウフ・アクチエン
同代表者
ゲオルク・ツァイト
同
ホルスト・ヘーレ
同訴訟代理人弁理士
青山葆
同
皆崎英士
同
山本宗雄
同
北原康廣
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用及び補助参加費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実及び理由
第一 原告の請求
一 特許庁が昭和53年審判第1506号事件について平成4年3月31日にした審決を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、拒絶査定を受け、不服審判請求をしたところ、本願発明は先願発明と同一であるため特許法29条の2の1項により特許を受けることができないとの理由により審判請求は成り立たないとの審決を受けた原告が、本願発明は限定した数値を選択した発明として新規性を有し、先願発明との間で同一性を否定されるから、審決は、違法として取り消されるべきであるとして、審決の取消を請求した事件である(本判決中において引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。
一 判断の基礎となる事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和49年5月10日、名称を「洗剤組成物」とする本願発明について、1973年(昭和48年)5月11日及び1974年(昭和49年)3月11日にしたアメリカ合衆国への特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和49年特許願第52141号)したところ、昭和53年5月31日拒絶査定を受けたので、同年10月9日査定不服の審判を請求し、昭和53年審判第15006号事件として審理された結果、平成4年3月31日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年5月6日原告代理人に送達された。なお、原告のため出訴期間として90日が附加された。
(上記事実は、当事者間に争いがない。)
2 先願発明の出願経過、本願発明及び先願発明の優先権主張の基礎等
(1) 先願発明の出願経過
ヘンケル・ウント・コンパニイ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツングは、昭和49年4月10日、名称を「固体加工材料、特に繊維の表面を洗浄及び清浄化する方法並びにこの方法を実施するための組成物」とする先願発明について、オーストリア国に対してした後記(3)の<1>、<3>及び<4>の特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和49年特許願第41640号)したところ、昭和50年2月7日、昭和50年特許出願公開第12381号公報により出願公開された。
(上記事実は、当事者間に争いがない事実と甲第6号証により認められる。)
(2) 本願発明の出願に際してされた優先権主張に係る特許出願(なお、(2)及び(3)において括弧内の丸番号は各出願を通じた順序を示す。)
1973年(昭和48年)5月11日アメリカ合衆国に対してした特許出願第359293号(<2>。以下この出願に係る明細書を審決に従い「本願発明の第1優先権証明書」という。)及び1974年(昭和49年)3月11日アメリカ合衆国に対してした特許出願第450226号(<5>)
(上記事実は、当事者間に争いがない。)
(3) 先願発明の出願に際してされた優先権主張に係る特許出願
1973年(昭和48年)4月13日オーストリア国に対してした特許出願第A3277/73(<1>。以下この出願に係る明細書を審決に従い「先願発明の第1優先権証明書」という。)、同年9月17日オーストリア国に対してした特許出願第A8001/73号(<3>。以下この出願に係る明細書を先願発明の「第2優先権証明書」という。)及び同年11月9日オーストリア国に対してした特許出願第A9449/73号(<4>)
(上記事実は、当事者間に争いがない。)
(4) 「本願発明A」の定義
本願発明の第1優先権証明書及び本願発明の願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)にともに記載された発明を審決に従い、以下「本願発明A」という。
(5) 「先願発明B」の定義
先願発明の第1優先権証明書及び先願発明の願書に最初に添付した明細書にともに記載された発明を審決に従い、以下「先願発明B」という。
3 本願発明Aの要旨
下記の成分(a)、(b)及び(c)を含むことを特徴とする水溶液の遊離多価金属イオン含量を迅速に低減しうる洗剤組成物。
(a) 5%ないし95重量%の、次式の水に不溶の結晶性アルミノけい酸塩イオン交換材。
Na12(AlO2・SiO2)12・xH2O
前記式中、xは20ないし30の整数であり、前記アルミノけい酸塩イオン交換材は1ないし10ミクロンの粒度直径を有するものであり、無水物基準で200ないし352ミリグラム当量CaCO3硬度/gのカルシウムイオン交換容量を有し、無水物基準で34ないし102mg/リットル/分/g(2ないし6グレン(grain)/ガロン/分/g(CaCO3として表示)のカルシウムイオン交換速度を有するものである。
(b) 5%ないし95重量%の、陰イオン、非イオン、両性イオン及び双性イオン表面活性剤及びそれらの混合物からなる群から選ばれた水溶性有機表面活性剤。
(c) 5%ないし50重量%の、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム及びニトリロトリ酢酸ナトリウム及びそれらの混合物より選ばれた補助洗剤ビルダー塩。
(上記事実は、当事者間に争いがない。)
4 審決の理由の要点
別紙第一のとおりである。
(上記事実は、当事者間に争いがない。なお、本願発明については、第1優先権証明書である審決における甲第3号証は本訴甲第5号証であり、願書は本訴甲第4号証である。また、先願発明については、特許出願公開公報である審決における甲第1号証は本訴甲第6号証であり、第1優先権証明書である審決における甲第2号証は本訴甲第7号証である。)
5 本願発明Aの技術的課題(目的)、構成、作用効果
本願明細書に記載された本願発明Aの技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のとおりである。
(1) 本願発明Aは水溶液の遊離多価金属イオン含有量を迅速に低減しうる洗剤組成物に関する(本願公報2欄8行ないし9行、当初明細書2頁5行ないし6行)
洗濯用組成物はある程度の量の溶解した“硬度”陽イオン、例えばカルシウムイオン及びマグネシウムイオン等を含有する水中よりも軟水中の方がより有効に作用することは公知である。今までは洗濯用水は使用の前に、普通はゼオライト又は他の陽イオン交換材のコラムに水を通すことによって軟化されていた。そのため水がイオン交換材に徐々に浸透されうる別のタンク又は器具を必要とし、使用者に付加的経費を要求する。硬水条件下で最適に織物を洗濯しうる別の手段は、好ましくない硬度陽イオンを封鎖し、洗濯液中での織物と洗剤との相互作用からそれらを有効に除去するために、水溶性ビルダー塩及び/又はキレート形成剤の使用を含んでいる。しかしながら、そのような水溶性ビルダーの使用は、不適当に処理された汚水廃液中では好ましくないある物質を、供給水中に必ず導入しなければならない。したがって、溶性ビルダー添加物の必要なしで洗剤組成物に水軟化用ビルダーを与える手段が望ましい。水溶性洗剤添加物の必要性がなく、家庭洗濯作業の洗浄時と同時にビルダー及び水軟化作用を与える種々の方法が提案されている。しかしながら、これらの方法は、洗濯用水溶液の遊離多価金属イオン含有量を許容硬度に迅速でしかも有効に低減するには、材料が無能であるという主な理由から、一般的な成功には至らなかった。洗濯用洗剤組成物に確実に有効であるためには、イオン交換材は過剰量のイオン交換体を必要とせずに、洗濯浴の硬度をある程度低下させるのに十分な陽イオン交換容量を有していなければならない。さらに、イオン交換材は迅速に作用しなければならず、すなわち、それは家庭洗濯作業の洗浄時の間有効な限られた時間(約10ないし12分)内に、洗濯水浴中の硬度陽イオンを許容範囲に低減しなければならない。最適には、有効なイオン交換材は洗浄時の最初の1ないし3分に約17ないし34mg/リットル(約1ないし2グレン/ガロン)にカルシウム硬度を低減し得るべきである。結局、有用な陽イオン交換ビルダーは、汚水における生態学的問題がほとんど又は全くない、ほとんど水に不溶の無機物質が好ましい。そこで、洗濯用洗剤組成物における陽イオン交換ビルダー材に必要な、高イオン交換容量と迅速なイオン交換速度の双方を、あるアルミノけい酸塩物質が有することを見出した。本願発明Aの技術的課題(目的)は、不溶性の無機アルミノけい酸塩イオン交換材を含有する洗剤組成物を提供することにある。本願発明Aの他の技術的課題(目的)は前記洗剤組成物を用いて織物を洗濯するための方法を提供することである。
(本願公報2欄10行ないし4欄27行、当初明細書2頁7行ないし6頁5行)
(2) 本願発明Aは、上記技術的課題を解決するために、前記3記載の本願発明Aの要旨記載の構成を採用した。(昭和61年12月27日手続補正書5枚目2行ないし6枚目5行。なお、本願発明Aの要旨は、当初明細書1頁5行ないし2頁3行に記載された特許請求の範囲に含まれる。)
(3) 本願発明Aは、上記構成により、上記(1)の欠点のない、かつ、本願発明Aにおいて製造されたイオン交換材は約0.005ないし約0.25重量%液程度の洗濯液で使用され、硬度、特にカルシウム硬度を、約1ないし約3分以内で約1ないし3グレン/ガロンの範囲に低下する(本願公報11欄2行ないし6行、当初明細書20頁8行ないし11行)という作用効果を奏する。
(上記(1)ないし(3)の事実は、甲第1ないし第4号証により認められる)
6 先願発明Bの技術的課題、構成
審決書の〔Ⅱ〕の2(別紙第一の6頁12行ないし20頁11行)記載のとおりであるが、そのうち先願発明Bの構成は、次のとおりである。
(a) 陰イオン、非イオン、両性イオン界面活性剤又はそれらの混合物からなる界面活性剤5ないし30重量%、
(b) 無水の活性物質1g当り少なくともCaO50mgのカルシウム結合能力を有し、結合水を含有する一般式:(Kat2/nO)x・Me2O3・(SiO2)y(式中、Katはカルシウムと交換可能な原子価nの陽イオンを表わし、xは0.7ないし1.5の数を表わし、Meは硼素又はアルミニウムを表わし、yは0.8ないし6の数を表わす。)で表わされる、水に不溶の結晶化され、微細に細分された一次粒度が1ないし50ミクロンの合成活性化合物5ないし70重量%、及び
(c) カルシウムを錯結合し及び/又は沈殿させる物質2ないし45重量%
を結合する洗剤組成物。
(上記事実は、当事者間に争いがない。)
7 審決の認定判断中その余の争いがない部分
「〔Ⅲ〕本願発明Aと先願発明Bとの対比」のうち、「(Ⅰ)洗剤組成物を構成する成分について」(別紙第一の20頁14行ないし23頁13行)、「(Ⅱ)アルミノけい酸塩カルシウムイオン交換材の性質について」中、「1イオン交換容量について」(同23頁16行ないし24頁2行)、「2 粒径について」のうち初めの6行(同24頁4行ないし9行)、その「ⅰ アルミノけい酸塩の製造方法について」のうち「a 従来技術」(同26頁5行ないし31頁1行)及び「b 本願発明Aの製造方法」(同31頁3行ないし33頁8行)、その「ⅱ 粒径について」の「a 従来技術」のうち同34頁20行から39頁20行の「記載され、」まで、「3 カルシウムイオン交換速度について」のうち初めの7行(同41頁9行ないし15行)、同42頁11行の「甲第12号証」から43頁2行の「記載され、」まで、同43頁4行の「甲第18号証」から15行まで、同45頁4行から46頁5行まで、「(Ⅳ)請求人が提出した乙号証について」中「1」(同50頁1行ないし53頁2行)
二 争点
原告は、次のとおり、本願発明Aは特に選択された数値限定により新規性を有し、先願明Bとの間で同一性を否定されるのに、本願発明Aは先願発明Bと同一であるとした審決の判断は誤りであり違法である、と主張し、被告は、審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない、と主張している。本件における争点は、上記原告の主張の当否である。
1 原告の主張
審決は、「b.本願発明Aと先願発明Bの粒径の異同」の項において、「以上の従来技術からみて、先願発明Bのアルミノけい酸塩の製造法は公知のアルミノけい酸塩の一般的製造法と異なるところがなく、また該一般的製造法に対して特別に粒度を調整する手段を採用するものでもないから、先願発明Bの『一次粒度が1~50ミクロン』には、該一般的製造法で得られる珪酸アルミニウムの化合物の通常の粒度のものである1~10μの粒度のものは、包含されるとみるべきであり、他に『1~10ミクロンの粒度直径』のものを排除しなければならない格別の理由も発見することができない。したがって、両発明は、アルミノけい酸塩の粒径において1~10μの範囲において一致する。」(別紙第一の40頁13行ないし41頁7行)と認定判断している。
しかしながら、1ないし50ミクロンの範囲が1ないし10ミクロンの範囲を包含していることは当然であって従来技術を引用するまでもない。むしろ、以下のとおり、上記の点について本願発明Aが特に選択した1ないし10ミクロンの数値限定には、臨界的意義があり、かつ、先願発明Bはこの限定に臨界的意義があると認識していなかったのに、審決は、これらの点を看過し、その結果本願発明Aと先願発明Bとが同一であるとの誤った結論を導いたものであるから、違法である。
(1) 下限である1ミクロンの点に関して
本願発明Aがアルミノけい酸塩の粒径について限定した下限の1ミクロンは、下水処理の観点から臨界的意義を有する。
すなわち、ションの宣誓供述書(甲第8号証)は、次の事実を示している。
<1> 粒度が約1.5ミクロン未満のアルミノシリケート微粒は、標準の30分沈降期間中に水性スラリーから効果的に除去されなかった。
<2> これらの微粒はまた、実験室用の「ラピッドサンド」フィルタによっても効果的に除去されなかった。この場合、平均粒径約4ミクロンの塊状アルミノシリケート粒子は実質的に完全に除去された。
この試験結果は、リッチ著「エンバイロンメンタル、システム、エンジニアリング」318頁ないし326頁(甲第9号証)の記載と組み合わせて考慮すべきである。この第10.1.1図には、1ミクロンより小さい粒径の粒子を性質上サブコロイド状として分類しており、除去プロセスの観点から懸濁液というよりも溶解物として取り扱っている。したがって、この甲第9号証は、その第10.1.4表に複雑な処理法(例えば、1ミクロン未満の粒子の除去のためには化学沈殿法)を提案しており、この処理法は、第10.1.3表に示した、より簡単なプロセス(例えば、粒径1ミクロンより大きい粒子を除去する「ラピッドサンド」フィルタによる方法)と区別される。
下水処理プラントでのアルミノシリケートビルダの除去は、無機質の異物が湖沼河川に流入するのを防止するため生態学上望ましいことはいうまでもない。
(2) 上限である10ミクロンの点に関して
本願発明Aが前記の点について限定した上限の10ミクロンという数字は、イオン交換速度及び粒子の沈着の観点から臨界的意義を有する。
すなわち、甲第4号証5頁2ないし16行に記載されているように、イオン交換は水性洗濯浴中で速かに生起するということが重要である。最低限イオン交換は10ないし12分の洗濯サイクル内で生じなければならず、好ましくは最初の1ないし3分間以内にカルシウム硬度分を約1ないし2グレイン/ガロンに低下させるべきである。そして、ブランドン、エイチ、ワイヤーズの宣誓供述書(甲第10号証)には、カルシウムイオン消失速度に粒度が深甚な影響を及すこと、つまり、この速度は粒子直径のマイナス2乗に比例することが示されている。すなわち、ワイヤーズは、カルシウム消失を時間の関数としてプロットして、4種のアルミノシリケートのそれぞれについて実験曲線を得(第8図)、速度を評価するのに、二つの異なった基準、つまり、グレイン/ガロン/分/グラムで表した曲線の初期傾斜(Ri)及び四半ライフ点(存在硬度分の1/4を除去するのに必要な時間t1/4)を適用した。このワイヤーズのデータは、下記のとおり要約することができる。
粒度 初期速度 四半ライフ
(ミクロン) (グレイン/ガロン/分/グラム) (分)
0.63 73 0.03
2.3 9.8 0.20
6.0 5.4 0.33
20 0.65 5.67
この要約されたデータから、アルミノシリケートが前記の実用上の時間の制約を満すためには、約10ミクロンより大きい平均粒度を持ってはならないという結論が出せる。第9a図は、イオン交換速度を四半ライフで表わすとこれが粒子直径の2乗に比例することを明示している。したがって、粒度を10ミクロンから20ミクロンへと2倍にすると、イオン交換速度は75%減少することになって実用上許容できないのである。
しかも、10ミクロンという値がアルミノシリケートビルダの粒度の上限である他の重要な理由は、ベンソンの宣誓供述書(甲第11号証)によって証明される。この実験において、アルミノシリケート含有液を試験布に注いで通過させた結果、平均アルミノシリケート粒径が2.9ミクロン又は8ミクロンのときは沈着が実質的に生じないこと、21ミクロンでは認められるべき沈着が生じること、53ミクロンでは著しく沈着することが見出された。これらの沈着が生じると洗濯物がアルミノシリケートで汚れることとなる。
(3) 本願発明の第1優先権証明書の記載に関して
アルミノシリケートの粒度が1ないし10ミクロンであることは本願発明Aの重要な構成要件である。
そこで、本願発明の第1優先権証明書(甲第5号証)は、「前述の方法による水に不溶の無機アルミノシリケート交換物質は、直径で約1ミクロンないし約100ミクロンの粒径、好ましくは約1ミクロンないし約10ミクロンの粒径を有する。」(10頁20行ないし24行)として、1ミクロンと10ミクロンという粒径の上下の限界が臨界的であることを述べている。
また、その実施例で作られたアルミノシリケートの平均粒径は、下記のとおりである。
例Ⅰ 5 ミクロン
例Ⅱ 7.5 ミクロン
例Ⅲ 12 ミクロン
例Ⅳ 25 ミクロン(石鹸中)
例Ⅴ 100 ミクロン(洗剤添加前に水軟化用として使用……この態様で使用する場合は、イオン交換速度(粒径によって大きく左右される)はあまり重要な要因ではない)
そして、甲第5号証では、そのすべてのクレームにおいて、粒径が限定要件として重要であることが認識されている。すなわち、従属クレームであるクレーム2、4、5、19には、「約1ミクロン~約10ミクロン」と、他のクレームには、「約1ミクロン~約100ミクロン」と記載されており、粒径の臨界性が認識されていたことは明らかであり、また1ないし10ミクロンという好適数値の限定の根拠も極めて明瞭である。
(4) 先願発明の第1優先権証明書の記載に関して
先願発明の第1優先権証明書(甲第7号証)には、「その様にして製造された、様々な量の結合水を含むケイ酸アルミニウムは、乾燥したフィルターケーキを粉砕した後、微細な粉体になり、その一次粒子径は最高でも0.1mmで、大部分はそれよりも著しく低く、例えば0.1μまでの微粉になる。その際、一次粒子がより大きな粒子に凝集し得ることを考慮する必要がある。一次粒子は50~1μの範囲が好ましい。」(6頁16行ないし末行)との記載があり、また、「ここに記載するケイ酸アルミニウムないしケイ酸ホウ素1~XⅥの一次の粒子径は10~45μであった。無論、はるかに小さい粒子径、例えば1~5μも達成できる。」(39頁14行ないし17行)との記載があり、さらに、クレーム5は、「分散した化合物の一次粒子径が0.1~100μ、好ましくは1~50μであることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法」と記載されているが、これらのほかには先願発明が出願された時点でその出願人ヘンケル社の側には粒径が臨界的であるということに関して認識がなかった。
かえって、先願発明の第2優先権証明書(甲第12号証)には、「本発明は、主特許の方法ないし手段の別の実施形態に関する。両者ともケイ酸アルミニウムの少なくとも80重量%が10~0.01μ、好ましくは8~0.1μの大きさの粒子からなることを特徴とする。好ましくは、これらのケイ酸アルミニウムは、40μを超える一次ないし二次粒子を含まない。」(4頁1行ないし7行)との記載があり、「沈降分析により測定した、上記の微結晶製品Im~XⅢmおよびXⅧmの粒度分布は
>40μ=0% 最大分布の粒子径=3~6μ
<10μ=85~95%
<8μ=50~95%
製品XVmの粒度分布は
>40μ=0% 最大分布の粒子径=1~3μ
<10μ=100%
<8μ=99%である。」(10頁23行ないし末行)との記載があり、また、「特許請求の範囲1」として「上記定義による化合物の少なくとも80重量%が10~0.01μ、好ましくは8~0.1μの大きさの粒子からなることを特徴とする、改良」と記載されており、粒度についての認識が第2優先権証明書になって初めて現れてきたことが知られる。
よって、この粒度の臨界性については、本願発明こそが優先権を持つ。
2 原告の主張に対する被告の反論
アルミノけい酸塩の粒径について本願発明Aの特許請求の範囲に記載された1ないし10ミクロンの数値には、何ら臨界的意義がないし、先願発明Bの第1優先権証明書にもこの範囲の数値が記載されていたから、審決には原告主張のような数値限定に関する何らの看過もなく、審決の認定判断は正当である。
すなわち、本願発明の第1優先権証明書(甲第5号証)には、上記アルミノけい酸塩の粒径について、本文中及びクレーム2中に「約1ミクロンないし約10ミクロンの粒径」との記載があるが、その上限値及び下限値の臨界的作用効果については何らの記載もない。
また、本願発明の願書(甲第4号証)添付の明細書においても同様である。かえって、この明細書記載の「例3」(52頁)では、原告主張の上限値を超える12ミクロンの平均粒子直径の粒子を用いる例が、「例4」(56頁)では25ミクロンの例が、「例5」(59頁)では100ミクロンの粒子直径の例が、それぞれ実施例の態様として記載されており、原告の主張する上限値、下限値の臨界的作用効果は一切記載されていない。
なお、甲第8号証記載の実験結果が正しいとしても、下限値は1.5ミクロンとすべきであり、原告主張の1ミクロンは導かれない。さらに、甲第10号証記載の実験では6.0ミクロンと20ミクロンの場合の実験がされているのみで臨界値とされる10ミクロンの場合の実験はされていないから、10ミクロンを臨界値とすることはできない。同様のことは甲第11号証の実験についてもいえる。
そして、下水処理プラントでのアルミノシリケートビルダーの除去、アルミノシリケートの沈着防止の各点は、審決が先願発明Bの課題(7頁3行ないし11行)及び構成(19頁6行ないし9行)の項で認定するように先願発明Bが既にこれらを確認して明細書に明記しているにもかかわらず、本願発明Aの明細書にはこれらの点に関する具体的作用効果は明記されず、原告主張の1ミクロンないし10ミクロンが臨界的であるとする根拠も記載されていない。
第三 争点に対する判断
一 明細書の記載に基づく数値限定の臨界的意義について
前記判断の基礎となる事実によれば、アルミノけい酸塩イオン交換材の粒度直径については、本願発明Aの要旨とする構成は1ないし10ミクロンであるのに対し、先願発明Bの構成は1ないし50ミクロンであるから、先願発明Bには本願発明Aが包含されるところ、原告は、本願発明Aは先願発明Bの1ないし50ミクロンの数値範囲から「1ないし10ミクロン」の範囲を選択し、数値限定したことにより、発明としての新規性を有する旨主張する。
発明の要旨に数値の限定を伴う発明において、その数値範囲が先行発明の数値範囲に含まれる場合であっても、その数値限定に格別の技術的意義が認められる場合、すなわち、数値限定に臨界的意義が存することにより当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは、その発明は先行発明に対して新規性を有するというべきである。
そして、発明の要旨に数値上の限定を伴う発明が上記の意味において新規性を有するかどうかを判断するに当たっては、発明の奏する作用効果は明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載されるべきものであるから、まず、当該発明の明細書の記載事項に基づいて検討すべきである。
そこで、本願発明Aに係る明細書の記載事項について検討すると、本願明細書に記載された技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、前記第二の一5のとおりであって、前掲甲第1号証ないし第4号証を検討しても、本願発明Aにおける前記数値限定の下限(1ミクロン)及び上限(10ミクロン)の臨界的意義については何らの記載も示唆も存しないことが認められる。
この点について、原告は、本願発明の第1優先権証明書の記載を引用して、同証明書には前記数値限定の臨界的意義が記載されている旨主張する。
甲第5号証によれば、本願発明の第1優先権証明書には、「前述の方法による水に不溶の無機アルミノシリケート交換物質は、直径で約1ミクロン乃至約100ミクロンの粒径、好ましくは約1ミクロンから約10ミクロンの粒径を有する。」(10頁20行ないし24行)、「アルミノシリケートイオン交換物質が約1ミクロンないし約10ミクロンの粒径を有する特許請求の範囲第1項の組成物」(49頁18行ないし20行)との記載があることが認められる。
しかしながら、上記認定事実によれば、本願発明の第1優先権証明書は、直径で約1ミクロンから約10ミクロンの粒径を有するものを好ましいとはするものの、直径で約1ミクロンないし約100ミクロンの粒径のものを発明の対象としていることが明らかであり、1ミクロンと10ミクロンという粒径の上下の限界が臨界的であることを認識しているとは認められない。
そして、本願発明の第1優先権証明書に上記認定事項以外に前記数値限定の臨界的意義が記載されていることについては、原告は何らの主張もしておらず、またそのような記載ないし示唆があることを認めるに足りる証拠もない(上記証明書である前掲甲第5号証については、原告は前記認定部分についての訳文を提出しているのみであって、その余の部分は証拠とはならない。)。
したがって、本願明細書の記載事項からは、本願発明Aにおける前記数値限定にその臨界的意義を認めることはできない。
もっとも、数値限定の臨界的意義については、それが明細書に具体的に記載されていなくとも、どのような作用効果を奏するかが明細書に記載されている限り、当業者は明細書の記載から当該発明の奏する作用効果を知ることができるから、限定された数値範囲内のものがその範囲外のものに比して格別に顕著な作用効果を奏することを出願人において他の補助的資料により証明することが許されないというものではない。
この点について、原告は、さらに実験報告書等(甲第8号証ないし第11号証)に基づいて前記数値限定に臨界的意義があることを主張するので、以下これを検討する。
二 原告の主張(1)(下限である1ミクロンの点に関して)について
1 甲第8号証によれば、甲第8号証はエリック、A、ションの宣誓供述書であるが、その宣誓供述書には、同人の監督下において下記のような試験が行われたこと、すなわち、「本願発明明細書に開示されている種類であるアルミノ珪酸ナトリウムゼオライトA微細粒をそのばらばらの大きい物質を蒸留水にスラリー化し、8時間沈降後上澄み液を排出することにより調整した。これらの微細粒子を標準びん試験法でオハイオ川水に添加し、微粒子は30分沈降時間中に約12%程度までしか除去されなかったことが判明した。その結果、アルミノシリケートゼオライト微細粒子を除去するラピッドサンドフィルターの能力を測定する試験を行った。(中略)平均粒径約4ミクロンのゼオライト物質を用いる試験と粒径1.5ミクロン未満の微細粒子を用いる試験の二つの別々の試験を行った」こと(1頁22行ないし2頁10行)が記載され、また、「その結果は次のようであった。
リットル数 ゼオライト濃度 ゼオライト濃度
mg/l大きい粒子 mg/l微細粒
1 1未満 1未満
2 1未満
3 1未満
4 1未満
5 1未満 1未満
6 1未満
7 5.8
8 8.4
9 11.1
10 11.1
11 7.9
12 7.4
13 10.1
39 1未満
(中略)上記結果から、直接沈降技術及び又はラピッドサンド濾過により微細粒を除去することは著しく困難であることが明らかである。」(2頁17行ないし3頁5行)と記載されていることが認められる。
これらの事実によれば、エリック、A、ションが行った濾過試験の結果では、平均粒径約4ミクロンのアルミノ珪酸ナトリウムはラピッドサンドフィルターにより実質的に除去されるのに対し、粒径1.5ミクロン未満のものは効果的に除去することができないことが示されていることを認定することができる。
しかしながら、この原告の主張1の(2)に沿う認定事実によれば、ラピッドサンドフィルター処理によって好ましい効果をもたらすアルミノ珪酸ナトリウムの粒径の下限値は、4ミクロンより小さいものの1.5ミクロンよりは大きいことが明らかにされており、この認定事実から原告が主張するように1ミクロンが臨界点であるとの結論を導くことはできない。
また、甲第8号証を精査しても、上記の30分沈降試験で使用された「本願発明明細書に開示されている種類であるアルミノ珪酸ナトリウムゼオライトA微細粒」の粒径を示す記載はないから、同証によって原告の主張1の(1)に係る事実、すなわち粒度が約1.5ミクロン未満のアルミノシリケート微粒が標準の30分沈降期間中に水性スラリーから効果的に除去されなかったとの事実を認めることもできない。
結局、甲第8号証から、本願発明における粒度の下限値1ミクロンに臨界性があることを結論づけることは無理である。
2 甲第9号証によれば、甲第9号証は、リンビル、G、リッチ著「エンバイロンメンタル、システムズ、エンジニアリング」(マグローヒル、ブック、カンパニー、1973年発行)の320頁第10.1.1図、322頁表10.1.3、323頁表10.1.4、325頁表10.1.6であり、廃水の処理再生法に関する刊行物の一部であるが、同書においては、廃水中に含まれる粒子のサイズに従って、まず100ミクロン以上の粗大粒子はその除去工程列で処理し、次いで100ないし1ミクロンの懸濁粒子は活性汚泥、ラピッドサンドフィルター処理等を含む懸濁粒状物除去工程列で処理し、最後に1ミクロン以下のコロイド粒子、サブコロイド粒子、可溶物をカーボン吸着、化学沈殿処理等を含む可溶物除去工程列で処理することにより廃水を再生し、再使用することが提案されていることが認められる。
しかしながら、本件全証拠によっても、湖沼河川に排出する前に行う下水処理が現実に甲第9号証記載の提案に係る基準によって行われていることを認めるには足りない。
そのうえ、甲第9号証によれば、その第10.1.1図から明らかなとおり、同証において処理対象とされる粒子のサイズは、1メートルに1回当り10のマイナス1乗ずつを乗じた値ごとの階層に分類され、その階層に対応する例を一つずつ掲げられているだけで、それほど厳密な精度で検討されておらず、粒子サイズといっても所詮概数の域を出るものではなく、傾向を示すにすぎないことが認められるから、同図に記載された1ミクロンの数値を抽出して厳密な数値として意味をもつべき臨界値を云々すること自体意味がないというべきである。そして、前記1において検討したとおり、甲第8号証にはラピッドサンドフィルター処理によって好ましい効果をもたらすアルミノ珪酸ナトリウムの粒径の下限値が4ミクロンより小さいものの1.5ミクロンよりは大きいことが示されている。
3 そうすると、本願発明の粒度の下限値1ミクロンが下水処理の観点から臨界点又は好適な作用効果を示す下限値であるとの趣旨の原告の主張は理由がない。
三 原告の主張(2)(上限である10ミクロンの点に関して)について
1 甲第10号証によれば、同証は、ブランド、H、ワイアーズの宣誓供述書であるが、その宣誓供述書には、同人の監督下で下記のような試験が行われたこと、すなわち、「四種の異なった狭粒子寸法範囲のA型ゼオライト単結晶サンプル及び必ずしも単結晶ではない二種の狭粒子寸法範囲のサンプルを得た」(1頁23行ないし26行)うえでその「六種のサンプル全部について、カウルターカウンターによって平均粒子直径を測定した。サンプルⅥのデータを除いて、結果は第7図に示してある」(3頁2行ないし4行)こと、「サンプルⅠないしⅣについて(中略)表面積を実験的に測定した。結果は表2に示されている」(3頁19行ないし21行)こと、「サンプルⅠないしⅤについてカルシウム硬度変換動力学を研究した。(中略)その結果は第8図に示されている。実験では12グレイン/ガロン(2:1 カルシウム:マグネシウム)硬度及び0.03%(1.13g/ガロン)のゼオライトを使用した」(4頁19行ないし27行)こと、「第8図の曲線は相対反応速度の指標となる二つのパラメーターを生じる。一つは初期速度Riであり、これは時間対減少曲線の最初の直線部分の勾配である。(中略)他のパラメーターは1/4ライフ、t1/4であり、これは交換の1/4完結に至るまで必要な時間として定義される」(5頁23行ないし6頁11行)こと、「粒径に対するRi及びt1/4のプロットを第9図に示す。1/4ライフの傾向は1分間未満で1/4値を達成するためには(良好な性能を指摘する。)、直径は約9.5ミクロン未満でなければならないことを指摘していることが注目される。同様に、これらの条件下で1分間につきゼオライト1g当り2グレインより大きい初期速度Riを得るためには、粒径はdが約10.5ミクロン未満である範囲でなければならない。1g当りの粒子面積に対するRi及びt1/4の同様のプロットを第10図に示す。ここで、1分間未満のt1/4は約1m2/g超過の表面積について起こり、かつ1g当りの面積が約0.7m2/g超過である場合Riは2グレイン/g/分より大であることが分る。これらの面積最小値のうち後者は7.4ミクロンの立方体対角線に相当する。分るように、上記データはなされた種々の仮定及び可能な実験誤差を考慮した際かなり一致している。これらのデータに基づいて、1/4ライフもまた初期速度基準をも満す単結晶粒度に対する最大上限は約10ミクロンの直径に相当するものと思われる」(7頁1行ないし23行)こと、「全く独立した手段(カウルターカウンター及び色素吸着)により得られた第9図及び第10図のデータから分るように、単結晶に対して約10ミクロンの上限寸法が実際の限界である。(中略)したがって、粒径10ミクロン以上の増大に伴うt1/4の増大及びRiの減少はおそらく洗浄工程におけるゼオライトの性能にとって臨界的であると思われる」(9頁18行ないし10頁8行)ことが記載されており、末尾に別紙第二の各図及び表が添付されていることが認められる。
上記認定事実によれば、甲第10号証添付の第8図は、サンプル番号Ⅰ(試料の平均粒子直径20ミクロン)、サンプル番号Ⅱ(同6.0ミクロン)、サンプル番号Ⅲ(同2.3ミクロン)、サンプル番号Ⅳ(同0.63ミクロン)という四種のアルミノシリケートのサンプルについて求めたカルシウム溶液からのゼオライトによるカルシウム減少量と時間との関係曲線であり、第9図は第8図に基づきゼオライト粒径とRi(初期速度)及びt1/4(四半ライフ)の関係曲線を描いたものであることが明らかである。しかし、ゼオライトの粒径が小さくなるほど単位重量当りの洗濯液との接触面積が大きくなることは自明であるから、ゼオライトの粒径が小さくなるに従いイオン交換速度が大きくなることを示す第8図の傾向自体は予想しうるということができる。したがって、甲第10号証記載の実験は、粒径とRi及びt1/4の具体的数値関係を明らかにした点においてのみ意味を有するというべきである。
ところで、甲第4号証によれば、本願発明の当初明細書には、「家庭洗たく作業の洗浄時の間有効な限られた時間(約10~12分)内に、洗たく水浴中の硬度陽イオンを許容範囲に低減しなければならない。最適には、有効なイオン交換材は洗浄時の最初の1~3分以内に約1~2グレン/ガロンにカルシウム硬度を低減し得るべきである。」(5頁8行ないし13行)と記載されている(なお、甲第2、第3号証によればその後の補正によってカルシウム硬度が単位を言い換えた数字によっても特定されているが、上記記載自体は維持されたことが明らかである。)ことが認められる。
2 甲第4号証、第10号証に弁論の全趣旨及び前記1の認定事実を総合すれば、ブランド、H、ワイアーズは、本願発明の願書に最初に添付した明細書の上記記載を踏まえたうえで、甲第10号証の宣誓供述書において、10ミクロンがイオン交換材の粒度直径の臨界点であると判断する根拠として、<1>実験結果を示す第9図から導かれる、1分間未満でt1/4値を達成するには直径は約9.5ミクロン未満でなければならず、同様に、1分間につきゼオライト1g当り2グレインより大きい初期速度Riを得るためには粒径は約10.5ミクロン未満でなければならないこと、<2>同じく第10図から導かれる、1分間未満のt1/4は約1m2/g超過の表面積について起こり、かつ、1g当りの面積が約0.7m2/g超過である場合Riは2グレイン/g/分より大であり、これらの面積最小値のうち後者は7.4ミクロンの立方体対角線に相当すること、を掲げていることが明らかである。
しかしながら、前記1の認定事実によれば、平均粒径20ミクロン、6.0ミクロン、2.3ミクロン、0.63ミクロンのサンプルを使用して前記の実験がされていることが明らかにされているが、ブランド、H、ワイアーズが臨界点とする10ミクロンの前後の平均粒径のサンプルは6.0ミクロンと20ミクロンのサンプルがあるにすぎない。そして、別紙第二の第8図によれば、平均粒径6.0ミクロン以下の範囲においては、t1/4の値にあまり大きな差異を見出すことができないのに対して、平均粒径6.0ミクロンのものと平均粒径20ミクロンのものとでは、t1/4の値に著しい差異が見られ、また、Ri計算(4.9/接線の時間軸接片)の分母となる接線の時間軸接片においても大きな違いがあることが認められるから、両者の間のきめ細かなサンプルのデータこそが重要であるのに、この間の肝心の部分のデータを欠く上記実験結果に基づいて描かれたことが明らかな第9図、第10図は余りにも大雑把で不正確というべきであって、これらの図から上記の<1>及び<2>の判断を導くことは困難であり、他に<1>及び<2>の判断の根拠となるべきものを見出すことはできない。
そのうえ、そもそも、甲第10号証を精査しても、上記<1>及び<2>に掲げられた直径約9.5ミクロン未満、粒径約10.5ミクロン未満、立方体対角線最小値7.4ミクロンの数値から、粒度直径の臨界点が10ミクロンであるとの判断が導き出された理由は明らかでなく、いずれにしても、粒径の最大上限が約10ミクロンであるとする甲第10号証記載の判断は採用することができない。
3 甲第11号証によれば、甲第11号証は、リチャード、ウィリアム、ベンソンの宣誓供述書であるが、その宣誓供述書には、同人の監督下において試験が行われたこと、すなわち、種々のゼオライトの溶液を布に流して乾燥したところ、「本質的にすべての粒子が約8ミクロン以下の直径を有する平均粒径約2.9ミクロンのゼオライトは蒸留水のみによる処理と本質的に同じ布外観を与えた。他方、平均粒径21ミクロン及び53ミクロンのゼオライトで処理した布(中略)は明らかに沈着物を示した。」(2頁6行ないし13行)との観察結果が得られたことが記載され、また、「物質が視覚で検出できるような水準で布に沈着するA型ゼオライトの臨界的粒径が存在しかつこの臨界的限界はおそらくは約8ミクロン超過で、かつ確実に約15ミクロン未満であり、したがって臨界的粒径は約10ミクロンであることが明らかであることが結論として得られる。」(2頁14行ないし20行)との上記観察結果に基づく同人の判断も記載されていることが認められる。
しかしながら、甲第7号証によれば、既に先願発明Bの第1優先権証明書には、「ケイ酸アルミニウムは水不溶性であるが、洗濯した繊維製品から容易に洗い流すことができ、洗濯機中にも排水管中にも堆積しない。」(51頁12行ないし15行)と記載されていることが認められ、ゼオライトにおいて布に沈着が生じても全く問題を生じないことが明らかであるから、上記甲第11号証記載の試験による観察結果から何らかの臨界的意義を導き出すことは難しいというほかはない。
しかも、甲第11号証によれば、上記の試験はゼオライト無添加の蒸留水、平均粒径2.9ミクロン、平均粒径約21ミクロン、平均粒径約53ミクロンのゼオライトの溶液を試験対象としているのみであることも認められ、沈着自体には臨界点があるとしても、その臨界点は平均粒径2.9ないしは平均粒径21ミクロンの範囲のいずれかにあって、平均粒径10ミクロンであることを認めるには足りないというべきであり、甲第11号証に記載された判断は採用できない。
4 そうすると、本願発明Aがした上限の10ミクロンという数値限定が臨界的意義を有するとの原告の主張は、いずれにしても失当である。
四 以上によれば、本願発明Aがアルミノけい酸塩イオン交換材の粒度直径を特に1ないし10ミクロンの数値に限定したことに臨界的意義は認められない(したがって、先願発明の優先権証明書記載事項に関する原告主張の点第二の二1(4)について、さらに検討する必要はない。)のであるから、審決にこの点に関する看過はなく、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
昭和53年審判第15006号
審決
アメリカ合衆国 オハイオ州・シンシナチ・イースト・シックスス・ストリート・301
請求人 ザ・プロクター・エンド・ギャンブル・カンパニー
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内復代理人弁理士 佐藤一雄
東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内代理人弁理士 小野寺捷洋
昭和49年特許願第52141号「洗剤組成物」拒絶査定に対する審判事件(昭和60年11月18日出願公告、特公昭60-52191)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
〔Ⅰ〕手続きの経緯、本願発明の要旨等
1. 本願は、昭和49年5月10日(優先権主張、1973年5月11日、米国、及び1974年3月11日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後昭和61年12月27日付けの手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「下記の成分(a)、(b)および(c)を含むことを特徴とする水溶液の遊離多価金属イオン含量を迅速に低減しうる洗剤組成物。
(a) 5%~95重量%の、次式の水に不溶の結晶性アルミノけい酸塩イオン交換材。
Na12(AlO2・SiO2)12・xH2O
前記式中、xは20~30の整数であり、前記アルミノけい酸塩イオン交換材は1~10ミクロンの粒度直径を有するものであり、無水物基準で200~352ミリグラム当量CaCO3硬度/gのカルシウムイオン交換容量を有し、無水物基準で34~102mg/リットル/分/g(2~6グレン(grain)/ガロン/分/g(CaCO3として表示)のカルシウムイオン交換速度を有するものである。
(b) 5%~95重量%の、陰イオン、非イオン、両性イオンおよび双性イオン表面活性剤およびそれらの混合物からなる群から選ばれた水溶性有機表面活性剤、
(c) 5%~50重量%の、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムおよびニトリロトリ酢酸ナトリウムおよびそれらの混合物より選ばれた補助洗剤ビルダー塩。」
(上記特許請求の範囲の記載中、第9行の「粒度直径を有するものであり、」及び第16行の「5%~95重量%の、」は、上記手続補正書では、それぞれ「粒度直径を有するものでりあり、」及び「5%~95%重量%の、」と記載されているが、これらは明らかな誤記であると認められるので上記のとおり認定した。)
2. 本願の優先権主張の基礎とした最初の出願の明細書及び本願の願書に最初に添付した明細書に共に記載された発明の要旨:
当審において、特許異議申立人ヘンケル・ウント・コンパニイ・ゲゼルシヤフト・ミット・ペシュレンクテル・ハフツングが提出した、本願の優先権主張の基礎とした最初の出願(1973年5月11日、米国、第359293号)の明細書(第1優先権証明書、甲第3号証)及び本願の願書に最初に添付した明細書に共に記載された発明(以下、本願発明Aという。)について、
本願の願書に最初に添付した明細書中、第14頁第14行~第15頁第19行(公開公報第4頁右下欄第14行~第5頁左上欄下第2行)、第16頁第8行~第16行(公開公報第5頁右上欄第8行~第16行)、第38頁第3行~第17行(公開公報第10頁右下欄第3行~第17行)、第40頁第1行~第8行(公開公報第11頁右上欄第1行~第8行)、及び第62頁第1行~第70頁第10行(公開公報第16頁右下欄第1行~第18頁右下欄第10行)に記載の各事項は、本願の優先権主張の基礎とした最初の出願(1974年3月11日、米国、第450266号)の明細書(第2優先権証明書、甲第6号証)においてはじめて記載された事項であること、上記事項の他に本願の出願の時に新たに追加した事項はないことからして、本願発明Aは、本願の願書に最初に添付した明細書から上記事項を除外した、該明細書に記載された発明ということになる。
本願発明Aの要旨は、前記1. で認定したとおりのものであると認める。
〔Ⅱ〕先願発明:
1. 一方、特願昭49-41640号(以下、先願という。)は、(1)1973年4月13日、オーストリア国、第A3277/73号、(2)
1973年9月17日、オーストリア国、第A8001/73号及び(3)1973年11月9日、オーストリア国、第A9449/73号の各最初の出願を優先権主張の基礎として、昭和49年4月10日に特許出願され、昭和50年2月7日に特開昭50-12381号公報として出願公開された。
2.先願の願書に最初に添付した明細書(特開昭50-12381号公報;甲第1号証)および先願の優先権主張の基礎とした最初の出願(1973年4月13日、オーストリア国、第A3277/73号)の明細書(第1優先権証明書、甲第2号証)に共に記載された発明(以下、先願発明Bという。);
ⅰ.甲第1号証及び甲第2号証に共に記載された事項を摘記すると以下のとおりである。
〔課題〕
カルシウムを結合できるだけでなく、排水中で生物学的に分解することもできる燐酸塩代用物が久しく探し求められてきた。その結果、種々の有機化合物が燐酸塩代用物として提案された。したがって、この目的を達成するために水に不溶の陽イオン交換作用を有する珪酸アルミニウム化合物を使用するという本発明の技術思想は、当業界全体の研究方向からの全くの方向転換である。特に、水に不溶の珪酸アルミニウム化合物が織物から完全にすすぎ落とされるという知見は、驚くべきことである。珪酸アルミニウム化合物の使用は、二重の点で排水の処理に寄与する。すなわち、排水中に入る燐の量が著しく減少し、しかも生物学的分解に酸素を必要としない。鉱物性であり、浄化装置内や天然の河川中に徐々に沈殿するから、燐酸塩代用物に課せられる理想条件を満たす。珪酸アルミニウム化合物は洗浄技術的にも公知の燐酸塩代用物よりも有利である。すなわち、着色汚染物質を吸着するので化学的漂白剤の節約につながる。(甲第2号証第12頁第11行~末行、甲第1号証第6頁右下欄第3行~第7頁左上欄第5行参照)
〔構成〕
a.本発明は固形材料、特に織物を、硬水化性物質を結合する物質を含有する洗浴で処理することによって洗浄または漂白する方法に係わる。この方法は水性処理洗浴中に、カルシウム結合能が少くとも50mgCaO/g無水活性物質(=AS)を有する、細粉状の水に溶けない、場合によっては結合水を含む一般式
(Kat2/nO)x・Me2O3・(SiO2)y
で表される化合物を分散させたことを特徴とする。ただし、Katは原子価nのカルシウムと交換可能な陽イオン、xは0.7~1.5の数、Meは金属硼素またはアルミニウム、yは0.8~6、好ましくは1.3~4の数を意味する。
カルシウム結合能は可能上限が200mgCaO/gASである。
陽イオンとしてはナトリウムが好ましい。(甲第2号証第3頁第1行~第17行、甲第1号証第2頁左下欄第3行~右下欄第2行参照)
本発明は固形材料、特に織物を、硬水化性物質を結合する物質を含有する洗浴で処理することによって洗浄または漂白する方法を実施するための洗浄/漂白剤に係わる。(甲第2号証第53頁特許請求の範囲第15項以下、甲第1号証第1頁~第2頁特許請求の範囲第2項参照)
b.上記珪酸アルミニウムは、例えば水溶性珪酸塩を水溶性アルミン酸塩と、水の存在下に反応させることにより簡単に合成できる。このためには出発物質の水溶液を互いに混合するか、固形成分を他の水溶液として存在する成分と反応させればよい。また、共に固体状態にある両成分を水の存在において混合することによっても所望の珪酸アルミニウムを得ることができる。また、Al(OH)3、Al2O3またはSiO2からアルカリ金属珪酸塩溶液もしくはアルミン酸塩溶液と反応させることにより珪酸アルミニウム化合物を製造することができる。(甲第2号証第4頁第1行~第12行、甲第1号証第2頁右下欄第14行~第3頁左上欄第6行参照)
c.沈殿により製造され、又は他の方法により微細に細分された状態で水性懸濁液に変換された珪酸アルミニウム化合物は50~200℃の温度に加熱することにより無定形から老成した状態もしくは結晶状態に変換することができるが、これらの二つの形状にはカルシウム結合能の点では相違はない。この相違は乾燥条件を別とすれば珪酸アルミニウム化合物中に含まれるアルミニウムの量に比例する。最高のカルシウム結合能を有するのは、0.7~1.1Na2O・Al2O3・1.3~2.4SiO2の組成の化合物であり、およそAS1g当りCaO100~200mgの範囲内にある。
水性懸濁液中に存在する無定形又は結晶質の珪酸アルミニウム化合物は濾過により水溶液から徐去し、例えば50~800℃の温度で乾燥することができる。乾燥条件により生成物は多少の結晶水を含有する。無水の生成物は800℃で得られる。水を完全に取り除きたい時には800℃に1時間加熱することにより可能である。この様にして珪酸アルミニウム化合物のAS-含量も決定される。本発明の珪酸アルミニウム化合物にこの様に高い乾燥温度は好ましくなく、400℃を越えないことが望ましい。はるかに低い、例えば80~200℃の温度で付着している液状の水を除去するまで乾燥した生成物を本発明用に使用するのが特に有利である。このようにして調製された、可変量の結合水を含む珪酸アルミニウム化合物は乾燥した濾滓を細砕後微細な粉末として生じ、一次粒度が最大0.1mm、ただし大部分がこれよりもはるかに小さく、最も小さいものは例えば0.1μにも及ぶ微粒状の細かい粉末となる。その際、一次粒子はより大きいものに集塊する可能性があることに留意しなければならない。多くの製造方法では50~1μの範囲の一次粒度が得られる。(甲第2号証第4頁第17行~第5頁末行、第52頁第5行~第7行、甲第1号証第3頁左上欄第18行~右下欄第5行参照)
d.具体例について:
例 先ず、特許請求の対象ではないが、使用される珪酸アルミニウム化合物の調製について説明する。15lの容器中で脱イオン化水で希釈したアルミン酸塩溶液に強力な攪拌下に珪酸塩溶液を加えた。発熱反応下に一次沈殿生成物としてX線回折で無定形の珪酸アルミニウムナトリウムが生成した。10分間の強力な攪拌の後、沈殿生成物の懸濁液を結晶器に移し、結晶を進行させるために高温下に暫時放置した。晶泥のアルカリ液を吸引し、洗浄水のpH値が約10になるまで脱イオン化水で洗浄した後、濾滓を乾燥させた。一般的な製法と異なる点についてはそのつど言及する。例えばいくつかの実験例においては沈殿生成物の均質化した非結晶懸濁液もしくは晶泥を使用した。含水量は生成物を1時間800℃に加熱することにより測定した。珪酸アルミニウム化合物の結晶度はX線無定形のもしくは完全結晶生成物のX線図に対する各生成物のX線回折図の干渉線の強度に基づいて測定できる。なお、すべての%は重量%である。
珪酸アルミニウム化合物のカルシウム結合能は下記のようにして測定した。
1lの0.594gCaCl2水溶液(=300mgCaO/l=30°dH)を含有し、希釈したNaOHでpH値10に調節した溶液に1gの珪酸アルミニウム化合物(ASに基づく)を混合した。次いで、この懸濁液を22℃(±2℃)で15分間強く攪拌した。珪酸アルミニウム化合物を濾別した後、濾液の残余硬度xを測定した。この測定値から式(30-x)・10に基づいてカルシウム結合能mgCaO/gASを求めた。
珪酸アルミニウム化合物Ⅰの製造条件:
沈殿:17.7%Na2O、15.8%Al2O3、66.6%H2Oのアルミン酸塩溶液2.985kg、
苛性ソーダ 0.15kg、
水 9.420kg、
市販の水ガラス及びアルカリに解け易い珪酸から調製したばかりの25.8%珪酸ナトリウム溶液(1Na20・6.0SiO2)2.445kg
結晶:80℃で24時間
乾燥:100℃で24時間
組成:0.9Na2O・1Al2O3・2.04SiO2・4.3H2O(=21.6%H2O)
結晶度:完全結晶質
カルシウム結合能:150mgCaO/gAS
このようにして得た生成物を400℃で1時間に亘って乾燥し、下記の珪酸アルミニウム化合物Ⅰaを得た。
0.9Na2O・1Al2O3・2.04SiO2・2.0H2O(=11.4%H2O)
このような珪酸アルミニウム化合物は、本発明の目的にも沿うものである。
珪酸アルミニウム化合物Ⅱの製造条件:
沈殿:17.7%Na2O、15.8%Al2O3、66.5%H2Oのアルミン酸塩溶液2.115kg、
苛性ソーダ0.585kg、
水 9.615kg、
組成が1Na2O・6.0SiO2
(Ⅰと同じ)の25.8%珪酸ナトリウム
溶液 2.685kg、
結晶:80℃で24時間
乾燥:100℃、20Torrで24時間
組成:0.8Na2O・1Al2O3・2.655SiO2・5.2H2O
結晶度:完全結晶質
カルシウム結合能:120mgCaO/gAS
この生成物は再乾燥(400℃で1時間)で、下記の組成まで脱本できる。
0.8Na2O・1Al2O3・2.65SiO2・0.2H2O
このような珪酸アルミニウム化合物Ⅱaも、本発明に使用できる。
珪酸アルミニウム化合物Ⅰ及びⅡはX線回折図で次の干渉じまを示す。(Cu-Kα-線によるd値については、摘記を省略する。)(甲第2号証第26頁第1行~第30頁最終行、甲第1号証第12頁右上欄第13行~第13頁最終行参照)
以上に述べた珪酸アルミニウム化合物及び珪酸硼素Ⅰ~XⅥの一次粒度は10~45μであった。(甲第2号証第38頁第14行~末行、甲第1号証第16頁左上欄第9行~第11行参照)
e.錯化剤・沈殿剤について;
処理洗浴に対して、硬水化物質として水中に存在するカルシウムに錯化合物形成及び/又は沈殿促進作用を及ぼす物質を添加すれば、汚染物質を除去するのに必要な時間が大幅に短縮され、かつ/または除去効果が著しく改善されることも判明した。(甲第2号証第7頁第1行~第6行、甲第1号証第4頁左下欄第4行~第8行参照)
錯化合物形成及び/又は沈殿促進作用を及ぼす物質としては、例えばピロ燐酸塩、トリ燐酸塩、高級ポリ燐酸塩及びメタ燐酸塩などのような無機物質がある。
カルシウム錯化合物形成・沈殿促進剤として作用する有機化合物はポリカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、アミノカルボン酸、カルボキシアルキルエーテル、多陰イオン性重合体特に重合体カルボン酸、及びホスホン酸などであり、これらの化合物は多くの場合水溶性の塩の形で使用される。(甲第2号証第7頁下第3行~第8頁第6行・甲第1号証第4頁右下欄第4行~第13行参照)
f.洗剤組成物について:
この洗剤の珪酸アルミニウム化合物含有量は5~95%、好ましくは15~60%とすればよい。本発明の洗剤はカルシウムに対する錯化剤・沈殿剤をも含有でき、その作用は洗剤の化学的性質に応じて2~15%が効果的である。(甲第2号証第13頁第10行~第15行、甲第1号証第7頁左上欄第15行~右上欄第1行参照)
50~100℃の温度で使用される典型的な織物洗剤の組成は下記のとおりである。
5~30% 陰イオン及び/又は非イオン及び/又は両性イオン界面活性剤
5~70% 珪酸アルミニウム化合物(ASに対する比率)
2~45% カルシウムのための錯化剤
(甲第2号証第14頁第11行~第17行、甲第1号証第7頁右上欄第18行~左下欄第5行参照)
珪酸アルミニウム化合物自体の洗浄作用について例1に、珪酸アルミニウム化合物、界面活性剤および錯化剤・沈殿剤を含有する洗剤組成物の具体例が例2~例16に示され(甲第2号証第41頁第9行~第50頁末行、甲第1号証第18頁左上欄第15行~第21頁左下欄第14行参照)、特に例2~例6には、完全結晶質の珪酸アルミニウム化合物Ⅰaと錯化剤・沈殿剤としてクエン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ニトリロトリ酢酸ナトリウム等とを含有させた洗剤組成物が記載されている。
そして、該洗剤組成物に含まれる珪酸アルミニウム化合物が奏する効果について、「例に記載した試験から明らかなように、本発明の陽イオン交換能を有する珪酸アルミニウム化合物は、水および汚れの中に存在するカルシウムを結合することにより洗浄剤の洗浄力を改良し、トリポリリン酸に部分的にまたは完全に代わることができる。例の処方がなおトリリン酸塩を含有する限り必要な場合にはこれを燐を含まない錯化剤で代用することができる(蓚酸は沈殿剤であり錯化剤ではない)。珪酸アルミニウム化合物は水に不溶であるが、洗浄した織物から容易にすすぎ落とすことができ、洗濯機中でも排水導管中でも沈殿しない。」(甲第2号証第50頁第1行~同頁末行、甲第1号証第21頁左下欄第1行~第14行参照)、と記載されている。
ⅱ.上記の摘記した事項から明らかなとおり、先願発明Bは、
(a) 陰イオン、非イオン、両性イオン界面活性剤またはそれらの混合物からなる界面活性剤5~30重量%、
(b) 無水の活性物質1g当り少なくともCaO50mgのカルシウム結合能力を有し、結合水を含有する一般式:
(Kat2/nO)x・Me2O3・(SiO2)y
(式中、Katはカルシウムと交換可能な原子価nの陽イオンを表わし、xは0.7~1.5の数を表わし、Meは硼素又はアルミニウムを表わし、yは0.8~6の数を表わす)で表わされる、水に不溶の結晶化され、微細に細分された一次粒度が1~50μの合成活性化合物5~70重量%、および
(c) カルシウムを錯結合しおよび/または沈殿させる物質2~45重量%
を含有する洗剤組成物、
であると認める。
〔Ⅲ〕本願発明Aと先願発明Bとの対比;
両発明はともに洗剤組成物の発明である。
(Ⅰ)洗剤組成物を構成する成分について
1. 本願発明Aの(a)成分の一般式:
Na12(AlO2・SiO2)12・xH2O
(式中、xは20~30の整数)
で表される水に不溶の結晶性アルミノけい酸塩イオン交換材について;
先願発明Bの(b)成分の
「一般式:
(Kat2/nO)x・Me2O3・(SiO2)y
(式中、Katはカルシウムと交換可能な原子価nの陽イオンを表わし、xは0.7~1.5の数を表わし、Meは硼素又はアルミニウムを表わし、yは0.8~6の数を表わす)
で表わされる、水に不溶の結晶化され、微細に細分された合成活性化合物」は、
該一般式においてKat=Na、Me=Al、x=1、y=2の場合に、本願発明Aのアルミノけい酸塩イオン交換材の組成式(結晶水の組成項を除く);Na12(AlO2・SiO2)12に相当し、また、結晶水を含有するものであるから、本願発明Aの一般式:Na12(AlO2・SiO2)12・xH2O(式中、xは20~30の整数)で表される水に不溶の結晶性アルミノけい酸塩イオン交換材は、先願発明Bの「一般式:
(Kat2/nO)x・Me2O3・(SiO2)y
(式中、Katはカルシウムと交換可能な原子価nの陽イオンを表わし、xは0.7~1.5の数を表わし、Meは硼素又はアルミニウムを表わし、yは0.8~6の数を表わす)で表わされる、水に不溶の結晶化され、微細に細分された合成活性化合物に一致する。
このことは、本願発明Aの前記結晶性アルミノけい酸塩イオン交換材の一般式がDonald W.Breck著「ZEOLITE MOLECULARSIEVES」(1974)第133頁、表2.18の第5行(甲第7号証)に記載されたゼオライトAのTypical Unit Cell Contentsに一致し、また先願発明Bの上記一般式が甲第7号証の上記表2.18の第4行に記載されたTypical Oxide Formulaに一致し、かつ先願発明Bのアルミノけい酸塩のX線回折図(d値)が米国特許第2882243号明細書(甲第8号証)第11欄表Bに記載されたゼオライトAのそれと一致することからみて、両発明のアルミノけい酸塩は同一の組成、同一の結晶構造を有するものであることからも裏打ちされる。
2. 本願発明Aの(b)成分である水溶性有機表面活性剤は、先願発明Bの(a)成分である界面活性剤に相当することは明らかである。
3. 先願発明Bの(c)成分であるカルシウムを錯結合しおよび/または沈殿させる物質は、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ニトリロトリ酢酸等を包含し、これは本願発明Aの(c)成分である補助洗剤ビルダー塩に一致する。
4. 上記の各成分の量比においても両発明は差異がないから、両発明は、ともに洗剤組成物の発明であって、洗剤組成物を構成する成分の種類及びその量比において一致している。
(Ⅱ)アルミノけい酸塩カルシウムイオン交換材の性質について
1. イオン交換容量について:
先願発明Bは無水の活性物質1g当りCaO50mg以上最高200mgであり、これはCaCO3に換算すると約89~357mgとなり、本願発明Aの無水物基準で200~352ミリグラム当量CaCO3硬度/gのカルシウムイオン交換容量と一致する。
2. 粒径について;
粒度に関し、本願発明Aが「1~10ミクロンの粒度直径」と規定しているのに対し、先願発明Bが「一次粒度が1~50ミクロン」としており、両者は粒度の呼称を別異にするが、それぞれの明細書には粒度についての定義ないし測定法が記載されていない。
そこで、上記の「粒度直径」、「一次粒度」を通常の意味に解すれば、いずれも生成する粒子が互いに集塊する前の一次粒子の粒度直径(粒径)を意味するものと解されるから、先願発明Bの「一次粒度が1~50ミクロン」には本願発明Aの「1~10ミクロンの粒度直径」が包含されることは明らかである。
ここにおいて、請求人は、先願発明Bは珪酸アルミニウム化合物の製造例では「一次粒度は10~45μの範囲内にあった」(公開公報第16頁左上欄第9行~第11行)としているから、本願発明Aの「1~10ミクロンの粒度直径」のものは先願発明Bに包含されない旨を主張するが、先願の明細書には製造例の記載の冒頭において、「例 先ず、特許請求の対象ではないが、使用される珪酸アルミニウム化合物の調製について説明する。」(甲第2号証第26頁第1行~第3行、甲第1号証第13頁右上欄第13行~第16行)と、使用する珪酸アルミニウム化合物はその説明のための製造例に限定されないことに言及されており、請求人が主張するように限定して解すべきことにはならない。
この点については、以下に詳述するように、先願発明B及び本願発明Aの珪酸アルミニウム化合物の製造法は共に周知の一般的製造法と異なるところがなく、両発明間にその製造方法において格別異なるところがないこと、そのような周知の一般的製造法により得られる珪酸アルミニウム化合物の粒度は一般に1~10μであること、また両者は珪酸アルミニウム化合物の粒度の調整について格別に異なった手段を採用するものでもないことからも裏付けされるのである。
Ⅰ. アルミノけい酸塩の製造方法について
a. 従来技術
ゼオライトAは、1954年にUnion Carbide社により開発、商品化され、乾燥剤、吸着剤として広く利用されてきたものであり、本願並びに先願のそれぞれの優先権主張の基礎とする最初の出願の出願前において、その製造法、性状、構造、物性等については周知である。該ゼオライトAの製造法はUnion Carbide社の基本特許(甲第8号証)によると次の通りである。
要約的記載として「その推奨すべき工程を要約すれば、適当な酸化物即ちNa2O、Al2O3、SiO2、及びH2Oの混合物として表わし得る物質の水溶液の特定混合物を、好ましくは約100℃で15分間乃至90時間或はそれ以上加熱することより成る。その熱い混合物から晶出する生成物を濾別しゼオライトと平衡状態にある洗滌流出液のpHが9~12になるまで蒸留水で洗滌する。」(第2欄第20行~第30行)とあり、また、詳細な記載として「ナトリウム型のゼオライトAの製造に於ける代表的反応成分の珪素源はシリカゲル、珪酸又は珪酸ソーダである。アルミナは活性化アルミナ、ガンマアルミナ、アルファアルミナ、三水化アルミナ、或はアルミン酸ソーダから得られる。水酸化ナトリウムはナトリウムイオンを供給し同時にpHの調整を助ける。これ等の反応原料は成る可く水溶性であることが望ましい。これ等反応原料の溶液を適当の割合に容器中に入れる。・・・容器は密閉して水の損失を防ぎ、反応原料を必要な時間加熱する。反応原料の混合物の調製に便利な又且推奨すべき方法はアルミン酸ソーダと水酸化ナトリウムとを含む水溶液を調製し、これを出来得れば攪拌下に珪酸ソーダの水溶液に添加する。この混合物を均一となる迄又は生成することのあるゲルが殆んど均一な混合物となる迄攪拌する。この混合の後、攪拌を止める。これはゼオライトの生成及び晶出中は反応物を攪拌する必要がないからである。但し反応中、及び結晶析出中に攪拌することは有害ではないことが判った。・・・この方法に於ては約100℃の結晶温度が特に有利であることが判明した。この温度は容易に保ち得る。・・・反応温度は約21℃の如く低い温度又高くは約150℃でも満足すべき結果が得られた。又圧力は大気圧又は少なくとも上記150℃の如き高温に於て混合物と平衡している水蒸気圧に相当する圧力がよい。・・・・室温(21℃)と150℃の間では反応温度が昇れば反応速度は速くなり反応時間は短かくなる。例えばナトリウムゼオライトAは21℃では6日間で得られるが100℃のときは45分間又150℃ではもっと迅速に反応する。ゼオライトの結晶が一旦出来るとその構造は保たれる。而して結晶を最高収量で得るに必要な時間以上に長く反応温度に保っても害はない。・・・この反応時間の後、ゼオライトの結晶を濾別する。・・・得られたゼオライト結晶の塊は洗滌する。(この場合蒸留水で洗うのが望ましく、且つ濾過器中で洗滌するを便利とする)。この洗滌操作は洗滌流出液とゼオライトとが平衡に達する点即ちpHが9~12となる迄行う。然る後結晶を乾燥する。それには約25℃と150℃との間の温度の通風式炉を使用するのが便利である。」(第3欄第66行~第4欄第59行)と説明されている。
そして、上記酸化物の仕込み組成について、次のいずれかの範囲であれば大体において汚染性の物質を含有しないゼオライトAが得られるという反応温度100℃での実験結果が示されている。
「第1範囲 第2範囲
SiO2/Al2O3 0.5~1.3 1.3~2.5
Na2O/SiO2 1.0~3.0 0.8~3.0
H2O/Na2O 35~200 35~200」
(第5欄第62行~第66行)
さらに、次の範囲内にある組成のものは反応温度100℃に保持することにより、ゼオライトAが他の一種の結晶性形態のものとの混合物として生成することが示されている。
「第1範囲 第2範囲
SiO2/Al2O3 0.06~3.4 0.06~3.4
Na2O/SiO2 0.7~3.0 3.0~20
H2O/Na2O 4~35 4~60」
(第6欄第1行~第6行)
以上摘記したところから、従来技術におけるアルミノけい酸塩(ゼオライトA)の推奨すべき一般的製造方法は、まとめると、「アルミン酸ソーダと水酸化ナトリウムとを含む水溶液を調製し、これを攪拌下に珪酸ソーダの水溶液に添加し、約100℃の温度で反応させるのが特に有利であるが約21℃の如く低い温度又高くは約150℃でも満足すべき結果が得られ、21℃では6日間で、100℃のときは45分間で反応し又150℃ではもっと迅速に反応する。この反応時間の後、ゼオライトの結晶を濾別し、得られたゼオライト結晶を洗滌する。然る後結晶を約25℃と150℃との間の温度で乾燥する。」ということになる。
b. 本願発明Aの製造方法
本願発明Aのアルミノけい酸塩は明細書の記載(公開公報第3頁右下欄第10行~第6頁右上欄第7行)によると、「アルミン酸ナトリウム水溶液に、水酸化ナトリウムを適量添加して均質溶液が形成されるまで約30~100℃の温度に保持し、次いでけい酸ナトリウムをアルミン酸ナトリウムに対して好ましくは化学量論的必要量よりも過剰に攪拌しながら添加し、90~100℃で約1時間保持する。生成物を濾別して脱イオン水により洗浄し、濾滓は150℃以下、好ましくは100~105℃で乾燥する。」というものであり、具体的には、「(a)約16.5重量%(好ましい)のアルミン酸ナトリウム(NaAlO2)の濃度を有する均質溶液をつくるために、水にNaAlO2を溶解し;(b)1:1.8(好ましい)のNaOH:NaAlO2の重量比で、(a)段階のアルミン酸ナトリウム溶液に水酸化ナトリウムを添加し、そしてすべてのNaOHが溶解して均質溶液が形成するまで、約50℃にその溶液の温度を保持し;(c)1.14:1のNa2SiO2:NaOHの重量比と、0.63:1のNa2SiO2:NaAlO2の重量比を有する溶液を与えるように、(b)段階の溶液にけい酸ナトリウム(3.2:1のSiO2:Na2Oの重量比を有するNa2SiO2)を添加し;(d)(c)段階で調製した混合物を約90℃~100℃に加熱し、この温度範囲で約1時間保持する。」(公開公報第3頁右下欄第12行~第4頁左上欄第6行)、「濾滓は、過剰の脱水を回避するために、約150℃以下の温度を用いて、18%~22重量%の水分含有量に乾燥される。好ましくは、乾燥は100℃~105℃で行われる。」(公開公報第4頁左上欄第17行~末行)というものであり、仕込み割合は、SiO2/Al2O3=約0.85、Na2O/SiO2=約3.5、H2O/Na2O=約15となり、また代表的パイロットプラント調製品(公開公報第4頁左下欄の表)では、SiO2/Al2O3=約1.3、Na2O/SiO2=約1.94、H2O/Na2O=約15となり、これは甲第8号証記載のゼオライトAが生成する仕込み範囲内である。また90~100℃で約1時間保持し、生成物は濾別して脱イオン水により洗浄し、濾滓は150℃、好ましくは100~105℃で乾燥するという、反応(結晶化)条件および乾燥条件も甲第8号証の記載と異なるところがない。
c. 先願発明Bの製造方法
一方、先願発明Bは前記摘記のとおり、脱イオン化水で希釈したアルミン酸塩溶液に強力な攪拌下に珪酸塩溶液を加え、発熱反応下に一次沈殿生成物としてX線回折で無定形の珪酸アルミニウムナトリウムを生成させ、10分間の強力な攪拌の後、沈殿生成物の懸濁液を結晶器に移し、結晶を進行させるために高温下に暫時放置し、晶泥のアルカリ液を吸引し、洗浄水のpH値が約10になるまで脱イオン化水で洗浄した後、濾滓を乾燥させるという方法を採用するものである。その具体例の珪酸アルミニウム化合物Iの製造条件は、1)仕込み割合が、SiO2/Al2O3=約1.9、Na2O/SiO2=約1.4、H2O/Na2O=約50となり、これは甲第8号証記載のほぼ純粋にゼオライトAが生成する仕込み範囲内であり、また2)結晶化温度が80℃で24時間および3)乾燥は100℃で24時間という条件もそれぞれ甲第8号証に記載のものと異なるところがない。
d. 本願発明Aと先願発明Bの製造方法の異同
以上、詳述したとおり、珪酸アルミニウムの製造法に関しては、本願発明Aおよび先願発明BはそれぞれゼオライトAに関する甲第8号証に記載の公知の一般的製造法に合致し、そして、本願発明Aおよび先願発明Bはその製造にあたり互いに異なる特別な処理を行うものでもないから、本願発明Aと先願発明Bとの間には製造方法において格別相違するところがない。
Ⅱ. 粒径について;
a. 従来技術
甲第8号証には前記製造法により得られるゼオライトAについて、「この結晶の大部分のものは0.1μから10μの範囲の大きさを有するが、これよりも小さい或いは大きい結晶が0.01μと100μの範囲に亘って生ずる。」(第4欄第63行~第64行)と記載され、また、以下に示すとおり多くの文献には、一般的製法によって得られるゼオライトAの粒径は1~10μの範囲のものであることが述べられている。
すなわち、Donald W. Brech著「Zeolite Molecular Sieves」(1974)、第384頁(甲第13号証)には「ゼオライト結晶を種々の成分を高濃度で含む、低温で反応性の水和ゲルから典型的な合成条件で形成させる。個々の結晶の粒子寸法は1~10μの範囲である。典型的なゼオライト・ナトリウムAの粒子寸法分布を第5・10(5)図に示す。この粉末粒子の重量平均半径は1.39μである。ゼオライトA調製品の粒子径分布の他の例を第5・11(6)のヒストグラムに示す。これらのデータは光学顕微鏡で得られた。」と記載され、
「Fette Seifen Anstrichmittel」No.4(1970)第253頁(甲第17号証)には、「あらゆる公知の合成ゼオライトは製造に際し、粒子寸法10μないしそれ以下となる。」と記載され、「Ullmanns Encyklopadie der technischen Chemie」(1970)第511頁(甲第15号証)には、「製造:基本型NaAの原料は水ガラス、水酸化ナトリウムおよびアルミン酸ナトリウムである。これらの成分は、前記の式に相当する割合で水と共に完全に均一になるまで混合し、結晶化容器内において約100℃で数時間加熱する。水熱反応で形成されたゼオライト結晶は冷却後、真空フィルター上に分離する。該結晶は非常に小さく(2~5ミクロン)、この状態では工業的用途に適さない。」と記載され、「Journal of Colloid and Interface Science」 Vol.28,No.2,(Oct.1968)、第321頁(甲第16号証)には、「この場合、コールター・カウンターを用いる方法および顕微鏡写真から約500の粒子を数える方法いずれも同じ寸法分布を得た。後者によって得た分布を第7図に示す。」とあり、この第7図の顕微鏡写真から数えたゼオライトAの粒子分布は、1~3μの粒子が全体の数の約53%、10μ以下が約85%、10μより大きい粒子は15%未満であることが示され、「Chemische Technik」18Jg.,Heft,(Januar 1966)、第1頁~第6頁(甲第18号証)には、純粋なNa+型で沈澱した微細な結晶性ゼオライト粉末が、脱水結晶の全分析式
0.922Na2O・Al2O3・1.888SiO2
結晶の平均の大きさ(cm)が1.13・10-4であったことが記載され、「Molecular Sieve Zeolites-I」(1971)第376頁(甲第12号証)には、「最近まで、ゼオライトAおよびXについては粒径を調節したアイソトープイオン交換または自己拡散は研究されていなかった。何故ならその速度は市場で入手し得る1~10μの結晶ではあまりに高過ぎるからである。この問題を解決する一つの方法は速い反応速度を測定するための実験的技術の開発であった。他の解決法はうまく形成した単結晶の大きな群を100μの大きさに成長させ、それによって半反応時間を104倍まで増加させることである。」と記載され、「SCIENCE」Vol.155、1967年1~3月号、第689頁(甲第14号証)には、
「合成ゼオライト類:大形単結晶の成長
概要.合成ゼオライト4A、PおよびXをアクリルゲル中で成育させて、X線回折による単結晶の研究に適した大きさに成長させる。合成ゼオライトの結晶構造の研究は十分大きな結晶の欠如により妨げられていた。通常の方法でゼオライト類を調製したとき、これらは普通5~10μに成長する。」と記載され、原伸宜・高橋浩編「ゼオライト-基礎と応用」(1975年2月1日)第48頁第2行~第17行(甲第19号証)には、「合成ゼオライトの結晶粒の大きさは一般に小さい。たとえばA型やX型のゼオライトの場合数十μmの大きさに成長させることは困難である。・・・・A型やX型のゼオライトが大きく成長しない理由は、おそらくアルミノケイ酸ナトリウム塩ゲルの濃厚溶液から結晶化させるために、結晶化の初期段階で、多量の核発生が起こり、結果的には微結晶の集合体となってしまうためである。
これまでにゼオライトの単結晶を育成しようという試みが多くの研究者によってなされてきた。Charnellは非常に巧妙な方法でA型とX型のゼオライトを100~140μmもの大きさまで成長させた。彼はトリメタノールアミンと水の混合液中に、はじめ別々にアルミン酸ソーダ、珪酸ソーダを溶かした。これらを混合してゲル化させる前に、それぞれを0.2μmのマイクロフィルターを通した。おのおのの濾液をかくはんしながら混合させてゲル化させ、70~90℃ぐらいで約1週間反応させて単結晶を得た。この操作で大事なことは、マイクロフィルターで濾過した点である。」と記載され、ゼオライトAの結晶粒は小さく、数十μの大きさに成長させるには特別な調製法が必要であることが述べられているのである。
これら甲号各証は、
Na12(AlO2・SiO2)12・xH2O
(式中、xは20~30の整数)で表される水に不溶の結晶性アルミノけい酸塩(ゼオライトA、以下、とくに断らない限りこれを「アルミノけい酸塩」という。)の一般的製造法により得られる粒径は、大部分が1~10μの範囲のものであることを明らかにしているのである。
b. 本願発明Aと先願発明Bの粒径の異同
以上の従来技術からみて、先願発明Bのアルミノけい酸塩の製造法は公知のアルミノけい酸塩の一般的製造法と異なるところがなく、また該一般的製造法に対して特別に粒度を調整する手段を採用するものでもないから、先願発明Bの「一次粒度が1~50ミクロン」には、該一般的製造法で得られる珪酸アルミニウム化合物の通常の粒度のものである1~10μの粒度のものは、包含されるとみるべきであり、他に「1~10ミクロンの粒度直径」のものを排除しなければならない格別の理由も発見することができない。
したがって、両発明は、アルミノけい酸塩の粒径において1~10μの範囲において一致する。
3. カルシウムイオン交換速度について;
アルミノけい酸塩のカルシウムイオン交換速度に関し、本願発明Aが無水物基準で34~102mg/リットル/分/g(2~6グレン(grain)/ガロン/分/g(CaCO3として表示)のカルシウムイオン交換速度を有すると規定しているのに対し、先願発明Bは特に規定していない。
しかしながら、本願発明Aと先願発明Bにおいて、アルミノけい酸塩の組成、構造特性(結晶構造)において差異がなく、またイオン交換能(容量)においても異なるところがなく、イオン交換速度は他の粒子の反応部位の大きさ、すなわち粒子の表面積に比例すること、したがって粒径に依存するものであることが固液反応速度論上考えられるにしても、その粒径(粒度)においても本願発明Aと先願発明Bは異なるところがないのであるから、両発明のアルミノけい酸塩は別異のものであってカルシウムイオン交換速度も異にするとする根拠を見出し得ないのである。
この点についてさらに敷衍するに、
Ⅰ. アルミノけい酸塩のイオン交換速度に関する公知の研究事例についてみると、甲第12号証には、「最近まで、ゼオライトAおよびXについては粒径を調節したアイソトープイオン交換または自己拡散は研究されていなかった。何故ならその速度は市場で入手し得る1~10μの結晶ではあまりに高過ぎるからである。この問題を解決する一つの方法は速い反応速度を測定するための実験的技術の開発であった。他の解決法はうまく形成した単結晶の大きな群を100μの大きさに成長させ、それによって半反応時間を104倍まで増加させることである。」と記載され、通常の1~10μのアルミノけい酸塩のイオン交換速度は極めて大きいことが示されており、また甲第18号証には、図1に電子顕微鏡法により測定したアルミノけい酸塩の粒子寸法分布が示され、最多粒径が1.05μ、算術平均径が1.13μであるそのようなアルミノけい酸塩を用いたデータである図4には、2価カチオンによるNa型ゼオライトAのイオン交換速度曲線;置換度<省略>(t;イオン交換時間)(20℃、0.1nカチオン溶液)が示され、該図から曲線1のCaイオンの場合tanα=1.055であり、曲線4のMgイオン(tanα=0.100)等に比較して極めてその速度は大きいことが示されている。
このような甲第12号証や甲第18号証に示されるようにアルミノけい酸塩が極めて高いイオン交換速度を有することや、そのイオン交換速度を表わす曲線自体は、本願並びに先願のそれぞれの優先権主張の基礎とする最初の出願の出願前において、既に知られた事実である。
Ⅱ. アルミノけい酸塩が極めて高いイオン交換速度を有するものであり、またそのような高い反応速度を有するアルミノけい酸塩のイオン交換速度曲線自体も、既に知られており、一方、そのような高い反応速度を有する場合においては、その速度は、反応成分の濃度や反応温度等の条件に極めて大きく依存するものであることは化学常識であり、他方、速度値は、反応成分の濃度や反応温度等の条件、すなわち測定条件を示してはじめて意味を有するものであるところ、本願発明Aにおいては、測定条件、さらには、特定の数値範囲とした根拠について明細書に何ら説明するところがない。
Ⅲ. 本願発明Aのアルミノけい酸塩のカルシウムイオン交換速度に関する「無水物基準で34~102mg/リットル/分/g(2~6グレン(grain)/ガロン/分/g(CaCO3として表示)」の規定は、上記のとおり該速度値を技術的に意味付ける測定条件、すなわち濃度および温度が規定されていないが、その値自体の算出根拠は本願明細書の記載に照らし容易に看取し得る。
すなわち、本願明細書には、「イオン交換材は迅速に作用しなければならず、すなわち、それは家庭洗たく作業の洗浄時の間有効な限られた時間(約10~12分)内に、洗たく水浴中の硬度陽イオンを許容範囲に低減しなければならない。最適には、有効なイオン交換材は洗浄時の最初の1~3分内に約1~2グレン/ガロンにカルシウム硬度を低減し得るべきである。」(第5頁第7行~第13行、公開公報第2頁左下欄第7行~第13行)、「前記組成物は、約0.12重量%の洗たく液中の組成物濃度で、7グレン/ガロン硬度の洗たく液中での普通の家庭洗たく条件下で使用する場合に、優れた布清浄性能を与える。」(第45頁第1行~第4行、公開公報第12頁左下欄第1行~第4行)と記載され、該記載からすると「本願発明Aの洗剤組成物は、約0.12重量%の洗たく液中の組成物濃度で使用し、7グレン/ガロン硬度の洗たく液中での普通の家庭洗たく条件下で使用する場合に、最適には、有効なイオン交換材は洗浄時の最初の1~3分内に約1~2グレン/ガロンにカルシウム硬度を低減し得るべきである。」ということになるが、これを反応速度計算の基本に則って算出を試みるに、
初期濃度C0(7グレン/ガロン、=119mg/リットル)の硬水V(リヅトル)にw(g)の試料(イオン交換材)を添加分散させて、t分後(1~3分後)にカルシウムイオン濃度がC(1~2グレン/ガロン、=17~34mg/リットル)に減少したとすると、t分間(1~3分間)に試料1g当り交換したカルシウムイオン量A(mg/g)は、
<省略>
であるから、
交換速度A/tは、
A/t=(C0-C)V/wt
=(C0-C)/(w/V)/t
となり、その単位(ディメンション)は、グレン/g/分またはmg/g/分で表わされる。
そうだとすると、本願発明Aの上記規定の単位グレン/ガロン/分/gまたはmg/リットル/分/gは、ただしくは、グレン/g/分またはmg/g/分ということになるが、それはさておき、本願発明Aのイオン交換速度の数値それ自体は、
(C0-C)=7-(1~2)=6~5
w=1,t=1~3であるから、
A/t=(C0-C)V/wt
=(6~5)V/1~3
=6~2V
(グレン/ガロン)リットル/分/g
=34~102V(mg/リットル)・リットル/分/g
と算出され、ここで、V=1とすると、
A/t=6~2
(グレン/ガロン)リットル/分/g
=34~102(mg/g/分)
と算出される。
このように算出される本願発明Aの上記のイオン交換速度値は、普通の家庭洗たく条件下で使用する場合に、「最適には、最初の1~3分内に約1~2グレン/ガロンにカルシウム硬度を低減し得るべきである」ということを表現を変えて記載したものであると理解される。
すなわち、上記のイオン交換速度値は、周知の通常、粒度が1~10μの範囲にあるアルミノけい酸塩に固有の既に知られたカルシウムイオン交換速度、すなわち、甲第12号証に記載されるような、通常の測定手段では測定し得ないほど高い値を有し、またその値は、特別の測定手段を用いて測定した場合甲第18号証に記載されるような、一定条件下(20℃、0.1nカチオン溶液)でのカルシウムイオン交換速度曲線を与えるものである、そのようなカルシウムイオン交換速度を、表現を変えて記載したものと認められる。
Ⅳ.してみると、先願発明Bがカルシウムイオン交換速度について規定していない点については、本願発明Aで規定する特定のカルシウムイオン交換速度は周知の粒度が1~10μの範囲にあるアルミノけい酸塩に固有の既に知られた属性であるのであるから、粒度が1~10μの範囲のアルミノけい酸塩を使用する点において異なるところがない先願発明Bも、本願発明Aで規定する特定のカルシウムイオン交換速度をもつものであるということができる。
4.したがって、本願発明Aが規定する洗剤組成物の(a)成分のアルミノけい酸塩イオン交換材の性質についても、先願発明Bと一致しているといえる。
(Ⅲ)結局、本願発明A及び先願発明Bの洗剤組成物の各発明は、洗剤組成物を構成する成分の種類及びその性質、並びにその量比において一致し、本願発明Aは、先願発明Bと同一であると認める。
(Ⅳ)請求人が提出した乙号証について
1.請求人が提出した乙第1号証ないし乙第8号証及びその記載内容を以下に示す。
乙第1号証:オーストリア国特許出願第
A3277/73号明細書
甲第1号証に係る出願:特願昭49-41640号の優先権主張の基礎となった最初の出願の明細書
乙第2号証:オランダ特許庁審判部中間決定の英訳文
乙第3号証:Kirk-Othmer著
「ENCYCLOPEDIA OF CHEMICAL TECHNOLOGY」第2版、第18巻(1969)、第321頁~第322頁粒径の測定法について記載され、マイクロメッシュ篩法は10mmでの、コールター・カウンター法は2~100μの粒度範囲の、顕微鏡法は通常の白色光法の場合0.4~100μ、紫外線法の場合0.1~100μの粒度範囲の、電子顕微鏡は0.001~5μの粒度範囲の粒径測定にそれぞれ用いられることが記載されている。
乙第4号証:Kirk-Othmer著
「ENCYCLOPEDIA OF CHEMICAL TECHNOLOGY」第3版、第21巻、第114頁~第122頁
篩は開孔度5μからそれより大きいサイズまでの各種のものが入手可能であること、直径約1.0μ以上の粒子には光学顕微鏡が適用できること、単純な沈降法では生成する累積重量-時間曲線を微分してサイズ-分布情報に合わせてデータを整理することが必要であり、技法として望ましくないことが記載されている。
乙第5号証:LINVIL G. RICH著
「Environmental Systems Engineering」(1973)第318頁~第326頁
水処理技術について、排水等に含まれる有機物および無機物の除去に関してその粒径と処理手段との関係が記載され、また粒径が1μより小さいサブコロイドは、化学的沈殿により処理されることが記載されている。
乙第6号証:工業所有権辞典<新版>、日本工業新聞社、昭和50年12月10日、第244頁~第245頁
選択発明についての解説が記載されている。
乙第7号証:Kirk-Othmer著
「ENCYCLOPEDIA OF CHEMICAL TECHNOLOGY」第3版、第24巻、第370頁、第402頁~第403頁水分析において使用される用語「硬度」について記載されている。
乙第8号証:NICHOLAS P. CHOPEY, TYLER G. HICKS著「Handbook of Chemical Engineering Calculations」1984年、第14-24頁~第14-29頁硬水の軟化技術について記載されている。
2.上記乙号各証の記載内容を検討しても、本願発明Aと先願発明Bとは別異の発明であるとする根拠を発見することができないことはいうまでもない。
〔Ⅳ〕むすび
したがって、本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一である。そして、本願発明の発明者が先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時にその出願人と上記先願の出願人とが同一であるとも認められないので、本願発明は特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成4年3月31日
審判長 特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)
請求人 のため出訴期間として90日を附加する。
別紙第二
<省略>
<省略>
<省略>
表2
SURFACE AREAS BY DYE ABSORPTION
Sample Number Experimental Area(m2/gm) Coulter Diameter(μ) Calculated Area, Sphere*(m2/gm) Calculated Area, Cube*(m2/gm)
Ⅰ 0.53 20. 0.15 0.26
Ⅱ 1.05 6.0 0.50 0.87
Ⅲ 1.82 2.3 1.30 2.26
Ⅳ 4.95 0.63 4.76 8.25
*To convert diameter to area/gm, use the formula: Area/gm=Particle Area/(Particle volume x Density).Accounting properly for the conversion from microns (μ) to meters (m), we have
a) For a sphere: AS=πd2/(πd3/6)(1.99gm/cc)=3/d
b) For a cube: AC=2d2/(d3/3√3)(1.99gm/cc)=5.2/d